「もう全てを諦めようと思った瞬間だった」。
そう語るのは、埼玉県川口市の町工場「高島精機」三代目社長の高島正人氏(48)だ。
3年前、創業70年の歴史を誇る同社は倒産の瀬戸際に立たされていた。
受注は前年比30%減、資金繰りは悪化の一途をたどり、従業員への給与支払いさえ危ぶまれる状況だった。
しかし今、同社は年商3億円を達成し、地域の優良企業として再評価されている。
この劇的な復活を可能にしたのが「ファクタリング」という資金調達手法との出会いだった。
本稿では、私が証券会社時代に培った金融知識、経済記者として見てきた企業再生事例、そしてVC投資家としての視点から、この町工場の復活劇を多角的に分析していく。
ファクタリングが単なる「資金繰り改善」を超えて、企業の成長戦略にどう生かされたのか。
その軌跡を追うことで、同様の課題を抱える中小企業経営者への示唆としたい。
倒産寸前の町工場に迫った危機
事業不振と資金繰りの悪化
高島精機は精密機械部品の製造を主力事業とし、大手自動車メーカーの二次・三次下請けとして安定した経営を続けてきた。
しかし2020年初頭からの世界的なパンデミックにより、自動車産業全体が生産調整に入ったことで受注が激減した。
売上高は前年比30%減の1億2000万円にまで落ち込み、固定費の重荷が経営を圧迫した。
「毎日が火の車でした」と高島社長は当時を振り返る。
資金繰り表は赤字だらけとなり、従業員20名の雇用維持が困難になっていた。
特に深刻だったのは売掛金の回収サイクルの長期化だ。
主要取引先からの入金サイクルが60日から90日に延長され、その間の運転資金確保が喫緊の課題となっていた。
「創業者である祖父の代から守ってきた会社を、自分の代で潰すわけにはいかない。でも、どうすればいいのか答えが見えなかった」(高島社長)
銀行融資への依存と限界
資金繰り改善のため、高島社長はまず取引銀行に融資の相談をした。
しかし業績悪化による信用低下と担保不足を理由に、追加融資は厳しい状況だった。
日本政策金融公庫の緊急融資も検討したが、審査に時間がかかりすぎるという問題があった。
この時、高島社長が直面したのは日本の中小企業金融の構造的課題だった。
中小企業の資金調達手段が銀行融資に偏っている現状では、業績が悪化した際に選択肢が極端に狭まってしまうのだ。
銀行としても、財務状況が悪化した企業への融資は金融庁の監査上もリスクが高い。
- 金融機関からの融資拒否
- 既存融資の返済圧力
- 信用保証協会の保証枠限界
- 商取引上の信用不安
これらの問題が相互に連鎖し、高島精機は「資金調達のジレンマ」に陥っていた。
経営者の焦燥と打開策への模索
「毎晩、天井を見つめて『どうすれば会社を救えるか』を考え続けました」と高島社長は当時の精神状態を語る。
夜も眠れぬ日々が続く中、社長は地元の中小企業診断士に相談することにした。
その中小企業診断士から紹介されたのが、ファクタリングという選択肢だった。
「正直、最初は怪しい金融手法ではないかと疑いました」と高島社長。
しかし、従来の融資とは全く異なるアプローチに一筋の光明を見出したという。
高島社長は焦燥感から過度の労働と精神的ストレスに陥っていたが、この「新たな可能性」に触れたことで、初めて希望を見いだすことができた。
経営者としての葛藤
- 創業家としての責任感
- 従業員への罪悪感
- 取引先への影響への懸念
- 家族への不安
こうした複合的な感情を抱えながらも、高島社長は新たな道を模索し始めた。
ファクタリングとの出会い
ファクタリングの基本概要
ファクタリングとは、企業が保有する売掛金(未回収の債権)を買取業者(ファクター)に売却して、即座に資金化する金融手法である。
単純に言えば「入金を待たずに売掛金を現金化する」方法だ。
ファクタリングの主なメリット:
1. 即時の資金調達
- 申込から最短1日で資金化が可能
- 審査基準が銀行融資より柔軟
2. 負債にならない資金調達
- 借入ではなく債権売却のため、バランスシート上の負債にならない
- 財務状況が改善して見える効果がある
3. 信用調査機能
- 取引先の信用情報をファクタリング会社が評価することで、取引先のリスク把握が可能
一方で、デメリットとしては手数料が融資金利より高い傾向にあり、高島精機の場合は売掛金額の3〜8%程度の手数料がかかった。
しかし、高島社長は「融資が受けられない状況では、多少コストが高くても資金を回転させることが最優先だった」と振り返る。
導入への葛藤と社内理解
ファクタリングの導入を検討する中で、高島社長が最も悩んだのは「借金ではない資金調達」という概念を社内や取引先にどう説明するかだった。
「売掛金を売却するということは、取引先に対する信用問題にもつながる可能性がある」と高島社長は懸念していた。
特に従業員からは「会社が危ないのでは」という不安の声も上がった。
この状況を乗り越えるため、高島社長は次のようなステップを踏んだ。
- 経営幹部には全容を正直に説明
- 従業員には「資金効率化のための新施策」として前向きに説明
- 取引先には事前相談をして理解を求める
「最も重要だったのは、これが『緊急避難』ではなく『成長のための戦略』だと位置づけることでした」と高島社長は強調する。
結果的に、この丁寧な説明プロセスが社内の結束力を高め、危機意識の共有につながったという。
ファクタリング会社の選定
ファクタリングを活用すると決めた高島社長だが、業者選びには慎重を期した。
当時、ファクタリング業界は法的規制が十分整備されておらず、高金利で資金を提供する悪質業者も存在していたからだ。
高島社長が最終的にパートナーとして選んだのは、大手商社系のファクタリング会社だった。
会社選定にあたって高島社長が重視したポイントは次の通りである。
ファクタリング会社選定の4つのポイント
1. 実績と信頼性
- 創業10年以上の実績
- 上場企業のグループ会社か否か
- 中小企業支援の実績件数
2. 手数料率の透明性
- 手数料の計算方法が明確か
- 隠れコストがないか
- 競合他社との比較
3. スピードと柔軟性
- 資金化までのスピード
- 少額からの対応可能性
- 継続取引の条件
4. 追加サービスの有無
- 経営コンサルティングの提供
- 取引先の信用調査サービス
- 業界情報の提供
「最終的には、単に資金を提供するだけでなく、経営アドバイスや業界情報も提供してくれる会社を選びました」と高島社長。
このパートナー選びが、後の成長戦略にも大きく影響することになる。
ファクタリング導入後の効果
資金繰りの好転と信頼回復
ファクタリングの導入により、高島精機の資金繰りは劇的に改善した。
従来90日待ちだった売掛金が最短3日で現金化されるようになり、即時の運転資金確保が可能になったのだ。
「資金繰り表が赤字から黒字に変わった瞬間、3年間苦しんできた重荷から解放された気持ちでした」と高島社長は当時を振り返る。
この資金繰り改善は次のような好循環を生み出した:
- 仕入先への支払いが正常化
- 従業員の給与支払いの安定化
- 取引先からの信頼回復
- 金融機関の評価改善
特に効果が大きかったのは、従業員のモチベーション回復だった。
給与の遅配リスクがなくなったことで、現場の士気が上がり、品質向上や生産性改善につながったという。
「資金調達は経営の心臓部。その鼓動が安定したことで、会社全体に活力が戻ってきました」と高島社長は表現する。
新製品開発と販路拡大
資金繰りの安定は、守りの経営から攻めの経営への転換点となった。
高島精機は余裕資金を活用し、次の3つの領域に戦略的投資を行った。
「単に生き残るだけでなく、次の成長を見据えた投資ができるようになった。これがファクタリングがもたらした最大の価値だった」(高島社長)
技術力強化への投資
老朽化していた精密加工機械の更新を実施。
最新のCNC工作機械の導入により、従来対応できなかった高精度部品の製造が可能になった。
これにより、航空機部品など高付加価値領域への参入の道が開けた。
独自製品の開発
下請け体質からの脱却を目指し、自社製品の開発に着手。
町工場ならではの金属加工技術を活かした産業用治具「TS-1」を開発。
この製品は大手製造業からの評価も高く、現在では売上の15%を占める主力商品に成長した。
営業・マーケティング強化
これまで営業活動にほとんど投資していなかった高島精機だが、自社サイトを刷新し、技術力を訴求するコンテンツマーケティングを開始。
また、展示会への積極参加により、新規顧客からの問い合わせが前年比300%増加した。
経営者のマインドセット変化
高島社長自身、この危機と復活のプロセスを通じて大きく変化した。
「私はこれまで『銀行融資』以外の資金調達を考えたことがなかった。この固定観念が、会社の成長を制限していたのかもしれません」と自省する。
ファクタリングとの出会いは、経営者としての視野を広げるきっかけとなった。
高島社長の経営哲学の変化
危機前 | 危機後 |
---|---|
安定志向 | 成長志向 |
銀行融資依存 | 多様な資金調達 |
受動的営業 | 積極的な市場開拓 |
下請け体質 | 独自価値の創造 |
個人プレー | チーム経営 |
この経験は経営チームの結束も強化した。
危機を共に乗り越えた幹部社員たちは、より戦略的な視点で会社の未来を考えるようになったという。
「ピンチをチャンスに変える。よく聞くフレーズですが、本当にその通りだと実感しています」と高島社長は語る。
年商3億円への成長戦略
選ばれる町工場へのブランディング
高島精機が年商3億円企業へと成長できた最大の要因は、「技術力」を核としたブランド戦略だった。
「町工場」という言葉にはどこか下請け的なイメージがあるが、高島精機はあえてこの言葉を前面に出し、「最先端技術を持つ町工場」というポジショニングを確立した。
この戦略は具体的に次のようなアクションとして展開された:
▼ 技術力を見える化する取り組み
- 加工技術を詳細に解説した技術ブログの定期更新
- 職人の技術伝承プロセスを動画コンテンツ化
- 難易度の高い加工サンプルの無料提供プログラム
これにより、「高島精機に頼めば高難度の加工ができる」という評判が業界内で広がっていった。
受注は国内だけでなく、品質要求の厳しい欧州企業からも増加し始めた。
「当社のような規模の町工場が海外取引ができるとは思っていませんでした」と高島社長。
今では売上の15%が海外からの受注となっている。
徹底したコスト管理と生産効率化
売上拡大と並行して、高島精機が力を入れたのが収益構造の改善だった。
ファクタリングで生まれた余裕資金は、単なる設備投資だけでなく、生産工程の効率化にも活用された。
現場改善活動の成果
工場内に「カイゼン委員会」を設置し、現場からの改善提案を積極的に採用。
小さな改善の積み重ねが大きな効果を生み、直近2年間で下記の成果を達成した:
1. 生産リードタイムの短縮
- 平均納期:21日→14日(33%短縮)
- 急ぎ対応可能な製品の拡大
2. 不良率の低減
- 不良率:2.5%→0.8%に改善
- 検査工程の自動化による精度向上
3. 段取り時間の短縮
- 段取り替え時間:平均45分→15分に短縮
- 多品種少量生産の競争力強化
「現場の知恵を引き出し、それを形にするには資金的な余裕が必要です。ファクタリングはその基盤を作ってくれました」と高島社長。
こうした改善活動の結果、粗利率は18%から24%へと大幅に向上した。
ファクタリングのさらなる活用方法
当初は「緊急避難」として始めたファクタリングだが、現在では戦略的な資金調達手段として進化させている。
高島精機では、季節変動の大きい受注に対応するため、繁忙期の前にファクタリングを計画的に活用するようになった。
「今ではファクタリングを『資金調達の選択肢の一つ』として戦略的に使い分けています」と高島社長。
具体的には、次のような活用法を実践している:
▼ 戦略的ファクタリング活用法
- 大型受注時の一時的な資金需要への対応
- 設備投資前の資金準備
- 新規事業立ち上げ期の資金確保
- 季節変動対応のための計画的利用
ファクタリング会社との関係も深化し、資金調達だけでなく、業界情報や経営アドバイスを得られる重要なパートナーとなっている。
協力企業や投資家とのネットワークづくり
高島精機の成長戦略のもう一つの柱が、外部とのネットワーク構築だ。
従来の下請け町工場は、親会社以外との接点が限られていたが、高島精機は意識的に横のつながりを広げてきた。
中小企業家同友会や商工会議所の活動に積極的に参加し、同業他社との協業や技術提携を実現させた。
さらに、ファクタリング会社の紹介で地元のベンチャーキャピタリストとの接点も生まれ、現在では資金調達の選択肢として出資も視野に入れた検討を始めている。
「かつては『銀行だけが頼り』という狭い世界観でした。今では様々なネットワークを通じて新しい可能性が広がっています」と高島社長は語る。
まとめ
ファクタリングとの出会いをきっかけに、高島精機は単なる危機脱出にとどまらず、成長企業への変貌を遂げた。
年商3億円という数字以上に価値があるのは、「変化を恐れない企業文化」と「多様な資金調達の知恵」を獲得したことだろう。
高島社長は今、次のような言葉で同じような課題を抱える経営者にメッセージを送る。
「資金調達の選択肢は、銀行融資だけではありません。自社の状況に合った手法を知り、活用する勇気が大切です。そして何より、ピンチをチャンスに変える発想の転換が必要です」
高島社長は今後の展望について「5年以内に年商5億円、そして社員の幸福度日本一の町工場になること」を目標に掲げている。
既に次の成長に向けた新たな一歩を踏み出している高島精機の挑戦は、日本のものづくりの未来にも一筋の光を投げかけているのではないだろうか。
(※本記事に登場する企業名・人物名はプライバシー保護のため仮名を使用しています)